大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和50年(ネ)1707号 判決

控訴人

石川太一

外二名

右三名訴訟代理人

児玉義史

外一名

被控訴人

高木秀男

右訴訟代理人

河合弘之

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一当裁判所は、被控訴人の請求は正当であり認容されるべきであると判断するが、その理由は、次に附加訂正するほか、原判決の理由と同一であるから、これを引用する。

(一)、(二)、(三)〈省略〉

(四)  控訴人は、原判決がその事実摘示において「第三証拠 本件記録中の書証目録および証人等目録記載のとおり。」と記載したことが、違法であると主張するが、そもそも判決書は当事者がどんな主張立証をなし裁判所がそれに対していかなる証拠を採用してどんな判断をなし、どんな法律を適用して結論を導いたかを明らかにすべき使命をになつており、それが万全であることが理想の形態であるということは一応言い得るところであるが、他方各国の立法例をみても、判決書作成の要否、作成について裁判所の作成すべき部分と当事者のそれとの役割分担の有無、準備書面や期日調書引用の可否、その他記載内容と程度について必ずしも軌を一にしていないように、前述の使命と共に簡易迅速、能率化という現実の要請をもとりいれて法制化ないし慣行化しているものであるということが言い得よう。我が民事訴訟法は、一九一条において判決の記載事項として理由のほかに事実及び争点を要領を摘示して記載すべきものとしている。すなわち、前述の意味の万全という観点からすれば、「事実」に関しても当事者が口頭弁論に上程した事実資料、証拠資料のすべての訴訟資料を如実に表現することが最上であると言えようが、我が訴訟法は要領摘示の程度にとどめて記載すべきことを規定しているのである。そして同規定にいう事実及び争点を記載すべしということは、請求を特定する具体的事実、理由づける事実、もしくは反対にその発生障害、変更、消滅事由となる事実とそれらに対する各相手方の応答の仕方、つまり争いがある事実と争いのない事実とを明らかにすべきことを要求していると解すべきであろう。したがつて右にいう「事実及び争点」の中には形式的には証拠の関係(提出された証拠方法とそれに対する認否)は含まれていないと解するのが相当である。(それでは、従来我が国の民事判決書において事実摘示中に証拠関係をも記載していたのは無用のことであつたかというと、実はそうではなく、それには十分合理的な理由があつたといわなければならない。例えば、民事訴訟記録は現在は弁論関係と証拠関係が分けて編綴される方式をとつているが、かつてこのような分類をせずに編年体式に訴訟記録を編綴していたため証拠関係の文章が随所に分散する結果となり、これに対し判決書でそれらをまとめて整然と記載することには少なからぬ実際上の便益があつたものであり、また控訴審の最初になすべき口頭弁論期日において原審口頭弁論の結果が陳述されるにあたつて原判決書に事実資料証拠資料のすべてが正確に摘記されておれば、「原判決事実摘示のとおり原審口頭弁論を陳述」することによつて、要約化明確化された訴訟状態で更新がなされ、控訴審における審理の円滑迅速充実化の基礎を提供する一助ともなるものであり、更に事実中に証拠の記載をしないでおいて理由中で例えば「その他の証拠ではその事実を認めることができない」と判示したようなときに、そこで排斥した証拠の具体的特定性に欠けるところがあつて理由不備となる惧れが生じる場合がないでもないなど、もろもろの合理的理由があつて、証拠関係を事実に摘示することがほぼ慣行的に確立されていたものであるといえよう。)

叙上のとおり、我が民事訴訟法において判決書の必要的記載事項としては、証拠関係は、理由中の判断において形式的証拠力、実質的証拠力の有無が遺漏なく明示されることが要求されるにしても、事実摘示中に証拠の標目や書証の認否などを網羅的に記載すべきことは要求されていないと解せられるから、この解釈と異りその記載が必要的であることを前提とする控訴人の主張は、採用することができない。

尤も、右にいう「争点」の中には争い方、つまり如何なる証拠をもつて争うものであるかということまで含まれるとする説、或いは争いのない「事実」、争いのある「事実」の中には書証の認否の如き補助事実をも含むものであると解する考え方などが成り立つ余地が全くないでもないが、仮にそのような見解のもとに、本件原判決書の事実摘示中の控訴人ら指摘の個所の証拠関係の記載の方法が瑕疵であるとしても、それだけで判決の不成立、無効を来たすものでないことは勿論、その瑕疵はその判決を取消すに足るべきものでもなく、記載の不備として更正すれば足りる性質のものである。ところで、本件の原判決中控訴人ら指摘の個所は、本判決において実質上これを改めているから、それが瑕疵であるとする見解にたつても、その瑕疵は結局治癒されたものといわなければならない。

二よつて、被控訴人の請求を認容した原判決は正当であり、本件各控訴は理由がないからいずれもこれを棄却し、控訴費用は敗訴当事者らの負担とし、主文のとおり判決する。

(菅野啓蔵 舘忠彦 安井章)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例